OSJBホールディングス(5912)の沿革
2 【沿革】
OSJBホールディングスは1919年7月7日、株式会社岩井商店(現在合併して双日株式会社)の創業者岩井勝次郎が、大阪市大淀区(現在北区)にあった日本橋梁建築合資会社に資本参加して、資本金100万円の株式会社組織として日本橋梁株式会社を設立し、橋梁、鉄骨の生産をはじめたものであります。
2014年4月1日付で純粋持株会社体制へ移行いたしました。これに伴い、同日付でOSJBホールディングスは、「日本橋梁株式会社」から「OSJBホールディングス株式会社」へ商号変更しております。
設立後の沿革は次のとおりであります。
年月
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概要
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1921年12月
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鍍金工場新設、鉄塔の生産開始
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1924年4月
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鉄道省指定工場となる
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1943年6月
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東京支店を開設
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1944年4月
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軍需会社の指定を受ける
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1946年3月
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民需工場へ転換、本業再開
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1949年7月
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大阪証券取引所に株式上場
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1950年7月
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建設業者登録(建設大臣登録 第1872号)
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1979年12月
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大阪市港区に本社及び橋梁工場を移転
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1987年11月
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兵庫県加古郡播磨町に橋梁組立工場を新設
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1988年9月
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播磨工場の橋梁地組立ヤード拡張のため、隣接地を追加取得
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1990年9月
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大阪証券取引所市場第二部より第一部に指定替えとなる
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1991年10月
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本社を大阪本社、東京支店を東京本社と改称し、二本社制を採用
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1993年5月
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播磨工場に大型橋梁製造設備を新設
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1997年11月
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東京証券取引所市場第一部に株式上場
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1998年3月
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兵庫県西脇市に製品滞貨場として西脇工場を新設
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2000年5月
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鉄塔事業からの撤退
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2002年10月
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大阪市北区に大阪本社を移転
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2002年12月
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大阪工場を閉鎖、播磨工場に橋梁設備集約のため生産ラインを新設
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2011年12月
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オリエンタル白石㈱の全株式を取得し同社を完全子会社化
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2013年7月
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東京証券取引所と大阪証券取引所の統合により、東京証券取引所第一部への単独上場
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2013年11月
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純粋持株会社体制へ移行するため、子会社日本橋梁分割準備㈱(2014年4月1日付で日本橋梁㈱へ商号変更)を設立
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2013年12月
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播磨工場事業用地一部譲渡、生産ラインを1ライン化
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2014年4月
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会社分割のうえ純粋持株会社体制に移行し、OSJBホールディングス㈱へ商号変更
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2014年6月
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大阪本社、東京本社の二本社制を廃止し、東京都江東区に本店・本社を移転
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2014年10月
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東京証券取引所におけるOSJBホールディングス株式の所属業種分類を「金属製品」から「建設業」へ変更
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2015年4月
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子会社オリエンタル白石㈱にて太陽光発電による売電事業開始
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2017年5月
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兵庫県西脇市に所有していた遊休地を一部譲渡
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2018年4月
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子会社日本橋梁㈱にて尾道工場を開設し、鋼橋の製作を開始
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2019年9月
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播磨工場事業用地譲渡
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(主要な連結子会社(オリエンタル白石株式会社)の沿革)
2007年10月にオリエンタル建設株式会社と株式會社白石は、オリエンタル建設株式会社を存続会社とした吸収合併を行い、社名をオリエンタル白石株式会社として発足いたしました。
旧オリエンタル建設株式会社は、1952年10月、松井春生氏が、内閣資源局長官時代からのわが国資源政策構想を企業化するため、当時日本に技術導入されたフランスのフレシネー特許工法(プレストレストコンクリート)の実施を主目的としてオリエンタルコンクリート株式会社(1990年4月にオリエンタル建設株式会社に改名)を設立いたしました。事業の主なものは、土木・建築工事の設計施工及び関連部材製品の製造販売であり、本社を東京都に置き地域営業及び工事施工を担当する事業所並びに製品の製造工場を全国主要各地に順次配置してきました。
旧株式會社白石は、1933年7月東京都千代田区丸の内において、白石多士良氏が潜函並びにシールド工事その他設計施工を目的に白石基礎工事合資会社を設立し、その後、数々の大型ビルの基礎工事をはじめ、工場施設、港湾、橋梁等の分野に実績を重ね、1938年7月に白石基礎工事株式会社(1983年7月に株式會社白石に改名)を設立いたしました。
なお、オリエンタル白石株式会社は、2008年11月に東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請し、2011年10月に会社更生手続が終結しております。
※金融庁に提出された有価証券報告書のデータを使用しています。
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